投稿者: momozome

  • ブラック・ダリア

    映画「ブラック・ダリア」を観てきた。

    世界一有名な死体。

    このキャッチコピー上手い!と予告編を観た時に思った。何となく名前は聞いたことある…世界一有名なのか…正直よく知らない。なのでWebで事件の経緯などある程度の知識を仕入れてから映画館に足を運んだ。

    濃厚。重厚。猟奇殺人事件を扇情的に描いた映画を期待して行くとたぶん意味不明。目の前の展開がメインストーリーかサブストーリーかも判らないかも。油断せずに観ればすごく面白い映画、それだけに疲れた。予備知識なしでは楽しめなかったと思う。世間的な評判は悪くなりそうだ。

    映像と人物の描き方はさすが。大満足。

    原作を読んでみようと思った。DVDはたぶん買う。

    それにしても、ブライアン・デ・パルマは不思議な人だ。僕が観た中で「アンタッチャブル」「キャリー」「殺しのドレス」など文句なしの名作。これらを観た後だと「ミッション・インポッシブル」は意外。「ミッション・トゥ・マーズ」は大笑い。火星モノは前評判知らず監督名だけでデートに選び、その時の彼女に大不評だったことがあったっけ。

  • ダレン・シャン(読了)

    半分まで読んでましたが、やっと(仮病で仕事休んでる間に)12巻読了。

    おどろおどろしくも、れっきとしたファンタジー。大人が読んでしっかり楽しめる良作。

    でも「ハリー・ポッター」より面白いという触れ込みは否定かな。好みで言えば「ダレン」に軍配だが、世界の造詣の深さなど、やはり「ハリポタ」はすごいと思う。一方の「ダレン・シャン」はホラーやアクションの要素がふんだんな点が優れている。両作品の方向性が違うので比べるのもどうかって感じ。

    少しだけ、導入にある言葉から深読みしてみた。

    現実の世界はきたないし、とても厳しい。主人公がどうなろうがおかまいなしで、ハッピーエンドなどそっちのけだ。人は死ぬし、けんかには負けるし、悪が善に勝つこのことを、話に入る前にたしかめておきたかったんだ。

    名門魔法学校を舞台にした「ハリー・ポッター」には貴族的な雰囲気がある。それに対して、けっ、人生はそんな甘いもんじゃないぜ、と言っている気がする。ちょっとヒネタ人向けかもしれない、僕とか。

    外伝はただのファンブックと聞いたので図書館にでもあれば手にとろう。

    物語の結末も見たので、Webで書評など検索しつつ余韻にひたる。Amazonの紹介文やレビューはネタバレがヒドイ。これから読むつもりの人は気を付けろー。

    公式ページ…ホラー映画の告知ページかと思った。絶対に子供向けじゃねー。
    日本公式ページ…こちらは子供向け。ネタバレに配慮なさすぎ。
    ダレン・シャン(小説)(Wikipedia)

  • フェルマーの最終定理

    「フェルマーの最終定理」―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで

    すごい面白く、もう涙腺刺激しまくり。

    タイトルは数学を説いた本?という印象だけど、これは読ませる本である。決して数学の専門書ではなく、数学を題材にした「読み物」なのだ。理系・文系と単純に分けるなら僕は文系。数学の知識は貧弱。それでも、食い入るように楽しく読んだ。そして読んでる最中ニヤリ。を連発。大興奮だった。

    フェルマーの最終定理あるいはフェルマーの大定理とは、

    3 以上の自然数 n について、xn + yn = zn となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない

    という定理のことである。

    「直角三角形において斜辺の二乗は他の二辺の二乗の和に等しい」ってやつ、習ったのいつ頃だったか?中学生の頃か。まあ要するにこの定理を理解するに、数学と言うまでもなく算数の知識があれば足る。しかし、これを「証明」するまでの道のりや何と遠きことか。

    そこに山があるから登るの名言よろしく、頂が見えていてなお、そこに挑む意義、その過程と結末に感動する。数学は真理。数学は美。その気持ちは理解できると知った。

    随所に散りばめられる数学的うんちくも素敵。しばらく話題に困らないほど。

    数学的知識はいらない(あればより面白いだろうが)。例えば映画「ビューティフル・マインド」は多くの賛同を必要とするアカデミー賞を獲得した映画だが、その題材はノーベル数学賞を与えられた「人」だったように。

    これは読んで損なし。超おすすめ。

    (2006/10/24追記)
    聞系と履系という記事を読んで、
    >理系・文系と単純に分けるなら僕は文系。
    って自分はバカです、と宣言しているような気分。

  • 世界の終焉へのいくつものシナリオ

    世界の終焉へのいくつものシナリオ」を読む。

    人類、文明が破滅する29のシナリオが描かれた本。それぞれ、発生の可能性と、その際のダメージが数値化されているのが面白い。読みやすい分だけ科学的な解説がもの足りない。

    起こってしまえばお終い、そんなシナリオはSFになりつくした感もある。あまり心配してもしょうがないから、ありえない大逆転を描くエンターテイメントにしやすいのかも。

    火山なら「ボルケーノ」、隕石なら「アルマゲドン」、異常気象なら「デイアフタートゥモロー」、ウィルスなら「アウトブレイク」、コンピュータ(AIなど)なら「マトリックス」「2001年宇宙の旅」などなど…有名映画だけでも浮かぶ作品は枚挙に遑がない。

    終末思想はよくSFの題材になるので、その知識補完を目的に手に取った本。

    …だったはずが、実は意外にも相当に落ち込む要素があった。

    結局は人間ということ。地球温暖化を代表とする環境破壊、人口増大、そして戦争が可能性とダメージの総合でタントツ。自らの行為が破滅につながる可能性が一番高いとは…皮肉にもならない。

    (これを読んで思い出した本)
    「感染症は世界史を動かす」「創造する機械」

  • 天使と宇宙船、十月はたそがれの国

    フレドリック・ブラウンの「天使と宇宙船」
    レイ・ブラッドベリの「十月はたそがれの国」

    を知人から貸して頂いたので読了。感服。

    この2人をまとめて語るなんてファンの方に怒られそうだけど、共に初めて読んで、短編とショートショートばかりだったので混乱している部分もある。お許しくださいと。

    とにかく読んでいる最中、これまでに僕が読んで(観て)きた作品の多くが頭をよぎった。この人達が「今」に与えた影響の底知れなさに敬意を覚えた。それで、感服です。

    内容はSF、ファンタジー、サスペンス、ミステリー…と多岐で、さらに文章には哲学を読むような味わいがある。これを抒情詩、と表現するのだろう。

    時には振り返ってこんな名著にも出遭いたいなと思う。でも作品リストを見て気が遠くなった。読書している間は時間が止まればいいのに。

    (追記)
    振り返ってと書いたのは、フレドリック・ブラウンが1906年生まれ、レイ・ブラッドベリが1920年生まれだったので、「そんな昔」にすごい想像力だなと思ったせい。

    でもふと調べてみたら、ウィリアム・S・バロウズ(1914年)、スタニスワフ・レム(1921年)、星新一(1926年)とほとんど変わらない世代。これから読もうとしている「コンタクト」のカール・エドワード・セーガン(1934年)だって。

    すごいよ、おじいちゃん達。この人達を読みふけった世代、これらを貸してくれた方から「今のSFは小難しい科学話ばかりでツマラナイ」と言われるのも仕方ないかと。でも、ちょっと悔しいので、「老ヴォールの惑星」を貸して反撃してみる予定。