投稿者: momozome

  • 詭弁論理学

    詭弁論理学」を読む。

    書名を見ると物々しいが、話上手になることで会話に「ゆとり」を持ち、それを楽しもうという積極的な一冊。詭弁を持って相手をねじ伏せようという本ではない。解説半分、あそび(具体的な例やパズル)半分で気楽に読める。

    強弁をふりまわされる立場におかれたときに、忍の一字で耐えるよりは、相手の術の型を観察し、性格を占ったりしながら対応したほうが、精神衛生上はるかに有益であろう。

    仕事で面倒な人が頭に浮かんでしまった。気分が乗らない時はいつも無下にしているので、少し余裕を持って相手(実験台?)にしてみようか。

    健全な常識、健全な判断力を養い、できれば健全な知人と大いに論理あそびを楽しみたいものだ。

  • 自殺うさぎの本

    自殺うさぎの本」を入手。

    思わずニヤリ。

    可愛らしいウサギ達がちょっと変わった方法で淡々と死んでいく。まるで本能のように。「べつに悲しくて死ぬんじゃないよ」ってマヌケな顔をして。ただそれだけの絵本(マンガ)。

    人生において最もネガティブな選択を、わざわざ苦労して実行していく姿がバカバカしく、そしてなぜか愛しい。

    この本に何か意味はあるのかと無理やり考えるなら、逆に生きる気力が湧いてくるとか?いやいや、これはただのブラックユーモアだと軽く笑い飛ばした方が良い。そんな簡単に死ぬなよ!とツッコミを入れながら。

    こんなにファニーでバニーな本は他にない(エルトン・ジョン)

  • 読書にまつわる名言(本音篇)

    読書について」ショウペンハウエル著を読んで以来、度々この本を思い起こす。久しぶりに読めば批判的に思う部分もあるかと再読したが、確認と復習となった。

    本は他人の思考の結果であること、多読は精神から弾力性を奪うこと、自身で思索することの重要性をくり返し説く。

    100年も前に書かれたものだが、情報に溢れる現代を予見していたかのごとき意見に溢れている。痛烈な彼の言葉は、はじめ耳に痛く、やがて僕の中で偉大な財産へと変わった。斎藤忍随による良質で読みやすい訳、あとがきも含め、自信を持ってお薦めできる名著。この本を丸ごと、読書にまつわる名言としたいほどである。

    読書は他人にものを考えてもらうことである。本を読む我々は、他人の考えた過程を反復的にたどるに過ぎない。

    紙上に書かれた思想は、砂上に残った歩行者の足跡に過ぎない。歩行者のたどった道は見える。だが歩行者がその途上で何を見たかを知るには、自分の目を用いなければならない。

    読書しているときは、われわれの脳はすでに自分の活動場所ではない。それは他人の思想の戦場である。

    (追記)
    読書以外に興味深い話題も多い。例えば、新刊を貪り読む民衆の愚かさを憂う部分がある。最新の情報は以前のものを改善した結果であると思い込むことから起こる。僕のインターネット依存もこれに近い。また、活字の大きさについて苦言を呈している。視力の保護のために出版社は活字を大きくせよとある。僕が持っているのは1960年出版の岩波文庫なのだが、苦笑してしまうほど字が小さい。

    (関連)
    読書にまつわる名言(自嘲篇)

  • 国家の品格

    流行なので「国家の品格」を手にする。がっかり。こういう選書は失敗が多い。

    「はじめに」で、

    品格なき筆者による品格ある国家論、という極めて珍しい書

    第一章の最初のページで、

    女房に言わせると、私の話の半分は誤りと勘違い、残りの半分は誇張と大風呂敷

    とご本人が仰る通り、特に読む価値はない。昔は良かったと言う、ご年配の方の感情的なぼやき本である。問題提起は何でも良いけど、論理的展開は見られず、著者が数学者とは思えない。これまでの本は評価を受けているようだが。

    何故にベストセラーなのだろう。「バカの壁」の謎のベストセラー化のように、新潮新書、首相が引き合いに出すって共通項はあるな…何かの情報操作?

  • 読書にまつわる名言(自嘲篇)

    読書にまつわる名言を斜めに捉え、さらに自嘲気味に紹介してみる。

    書物は青年時代における道案内であり、成人になってからは娯楽である。

    きっと青年時代の読書が足りなかったので道に迷ったんだな。今は娯楽。いや、まだ青年。最近ブログで紹介する本が増えたのは、仕事のために手にとっていた本が減ったせいもある。技術本は見るもので、読んでいるという気がしなかったし。

    良書とは、期待を持って開き、利益を修得して閉じる書物である。

    ああ面白かった、と思うだけの本は多い。それで良いと思う。読んで損したと思う本を手にすることが減ったのは成長か。

    良書をはじめて読むときには、新しい友を得たようである。前に精読した書物を読みなおす時には、旧友に会うのと似ている。

    上手いこと言った。が、友を得る喜びの方がはるかに大きい。

    二度読む価値のないものは、一度読む価値もない。

    本棚の整理をした後の心にグサッとくる。あとで読み直すつもりで本棚に入れたまま、二度と開くことなく売り飛ばされる本たち。ドナドナ。

    私たちは「あれは読んだよ」というために読むのである。

    僕は「あれは読んだよ」とブログに書くために読むのである。これだ。

    (関連)
    読書にまつわる名言(本音篇)