• ファイナル・カット

    ファイナル・カット

    SFサスペンス。近未来、人々の脳には生涯の出来事を記憶できるチップ“ゾーイ”が埋め込まれ、死後に取り出して追悼会で上映していた。チップの編集者・アランは大企業社長の未亡人から、ある依頼を受けるのだが…

    ライフログ(参照)というものに関心が集まる現代。この映画は地味ではあるが、その行く末を暗示しているのかもしれない。

    チップの記録と自分の記憶とが違っていてショックを受ける遺族が居たり、チップの不具合から起きる、夢と現実の混合で美しい映像が記録されたりという細かい演出に感心する。何より、この地味な役にロビン・ウィリアムズを起用したことが素晴らしい。

    監督オマール・ナイームは、これ以外の作品を撮っていないのかな?

  • パンズ・ラビリンス

    パンズ・ラビリンス 通常版 [DVD]

    1944年のスペイン内戦で父を亡くしたオフェリア。ある日屋敷の近くのうす暗い森の中に秘密の入り口を見つけた彼女は、妖精の化身である虫たちに導かれ迷宮の世界へと足を踏み入れる…

    何と陰惨で残酷なファンタジーだろうか。劇薬のような作品だった。圧倒的な現実からの逃避としてファンタジーは存在する。そう確信させられるような作品。暗澹とした雰囲気、大人たちの非情、その先に描かれる美しい映像。

    全てがたまらなく自分好み。戦時中という背景と悲惨な現実が「ヒトラー」を、不気味で暗い雰囲気で「デリカテッセン」と「裸のランチ」を、そして美しく想像豊かな映像で「ザ・セル」を連想した。

  • 下請けのウサバラシ

    お盆の前は仕事はたくさん頂く。みなさん長期休暇に悩みを持ち込みたくはないのだろう。その忙しさも落ち着いて、今日は早く仕事をあげて飲みたい気分になった。軽く、安く、気を遣わない人とがいいな。

    友達に「安い居酒屋でホッピーとかハイボールとかしたい」とメールしたら、すぐにOKの返事が来た。前から狙っていた渋谷のお店に入る。これが一目惚れするような店で、簡単に酔わされて虜になって、二人で4000円もかからず良い思い出ができた。また行くよ。

    細雪(渋谷)

  • Blu-Ray がなくなる日

    Twitter で新しい Mac に対するツイートとそれに対する答え。目からうろこ。

    BDはハードウェアにおけるFlash説<@chibakick: HDMI端子がついているのにブルーレイドライブが載ってないというのは、どれだけ片手落ちなんだ?
    http://twitter.com/dankogai/status/16210831454

    高コストと物理的スペースを必要とするものを増やす必要はない。いつでも観たいときに観る、オンラインでのビジネスモデルはいくらでも展開できる。上記の会話は Apple の立場からの言及だが、iTunes Store だけに期待しているわけではない。Google の擁する YouTube や、すでに米国では電子書籍の売上げが書籍を上回った Amazon など、クラウドの本命たちが映像の分野に参入することは明らか。

    僕はこれまで大量の DVD を買い続けていた。しかし幸いなことに、Blu-Ray の本格普及が見えないこと、昨年からの物を減らす決意があり、最近はほとんど増えていない。考え直す良い機会だ。ただ「手に取れる」という物欲から抜け出すのは難しい。デジタルネイティブ世代にとっては考えられないことだろうけど。

    (追記: 2010/08/12)
    新 Apple TV は『 iTV 』へ、A4採用でアプリ追加 & 720p再生まで対応?

    1080p動画再生に対応せず、720pまでに制限される

    まだ噂の段階であるが、このスペックは非常に残念だ。

  • 若者殺しの時代

    若者殺しの時代

    クリスマスが恋人たちのものになったのは1983年からだ。そしてそれは同時に、若者から金をまきあげようと、日本の社会が動きだす時期でもある。「若者」というカテゴリーを社会が認め、そこに資本を投じ、その資本を回収するために「若者はこうすべきだ」という情報を流し、若い人の行動を誘導しはじめる時期なのである。若い人たちにとって、大きな曲がり角が1983年にあった―80年代に謎あり!ずんずん調べてつきとめた。

    タイトルほど過激な内容ではないけど、今のありようを面白い視点から見ることができた。「若者」というカテゴリーを社会が認め、そこに資本を投じ、その資本を回収するために「若者はこうすべきだ」という情報を流し、若い人の行動を誘導しはじめる時代。「いまの社会の要請に応えない」ことで逃げる上で、伝統文化を身につけることがひとつの手立てであるというのは大いに頷ける。