「ベロニカは死ぬことにした」をDVDで観る。
パウロ・コエーリョによる原作が好きで、最近好きな真木よう子が主演。映画の出来は、原作を知っている人にはいまひとつ。真木よう子に萌え。
良い映画を観た。久しぶりに映画館で涙。
シンプルなストーリーに織り込まれた深いメッセージ性と、素晴らしく力のある映像に驚嘆し、すごい!の一言しか出ないくらいの感動を覚えた。劇場を出てやや冷静になって尚、いろいろな思いが頭を過ぎる。もう一度スクリーンで観てみよう。
※ハリウッドが大枚かけたSF娯楽映画だと期待して観ると肩すかしを食らいます。僕自身も危うかったし、世間の評価が低めなのはこのせいかと思う。
2027年、子供が誕生しない未来、そう遠くない明日、人類だけが地球から消え去る
人は自身の一生よりも未来、子供に多くのものを期待するのだな。
(参考)
「トゥモロー・ワールド」(公式サイト)
(共感する批評)
今日も明日も映画三昧
超映画批評・8分間ワンカット、映画史に残る衝撃の映像体験
アメリカから見た硫黄島「父親たちの星条旗」を観る。先ずは良い映画だった。しかしこの作品は二部作であり、日本から見た硫黄島「硫黄島からの手紙」を観るまで結論は保留したい(理由後述)。
スクリーンに映し出される戦場は壮絶。僕の中で最も戦場に赴く恐怖を感じた映画「スターリングラード」に迫る。そしてリアリティではそれを超える。エンドロールで実際の写真が多く映し出されるのだが、今観ていた映像がいかに現実に則したものだったかを知る。すごい。
映画の内容は語り手の言葉で全て示されている。それは「事実を伝える」ということ。真実、真相と言うのではなく事実だ。人や国や世界の思惑、後の時代の人(=我々)による考察などを一切排除して、淡々と事実を描くことに注力している。ある意味、ドキュメンタリーとも言えるかも。
誇張された悲壮さも、華美された感動もなく、そもそも物語ではなく、故に英雄はいない。だから映画を観た人そのものが問われると思う。そして願わくば、多くの人に反戦の思いが起こるといいな、僕と同じように。
アメリカから見た硫黄島と副題にある通り、この一本はアメリカの視点から描かれ、日本軍の描写は皆無。当然のことだが戦争は単純に善と悪が対決しているわけではない。なるほど、ひとつの戦争の事実を正確に描くためには、平等なそれぞれの視点が必要なのだ。だから二部作なったのだと納得した。(ただの風変わりな企画映画ではなかった。)
日本から見た硫黄島「硫黄島からの手紙」が、本作と同じく冷静に描かれていることを期待する。これを観てから改めてこの作品のことを反芻しようと思う。
(追記)
・映画館にはいつもより年配の方が目立った。これも考えさせられたなあ。
・低年齢でもいいからR指定あった方が良いと思うシーンちらほら。
映画「ブラック・ダリア」を観てきた。
世界一有名な死体。
このキャッチコピー上手い!と予告編を観た時に思った。何となく名前は聞いたことある…世界一有名なのか…正直よく知らない。なのでWebで事件の経緯などある程度の知識を仕入れてから映画館に足を運んだ。
濃厚。重厚。猟奇殺人事件を扇情的に描いた映画を期待して行くとたぶん意味不明。目の前の展開がメインストーリーかサブストーリーかも判らないかも。油断せずに観ればすごく面白い映画、それだけに疲れた。予備知識なしでは楽しめなかったと思う。世間的な評判は悪くなりそうだ。
映像と人物の描き方はさすが。大満足。
原作を読んでみようと思った。DVDはたぶん買う。
それにしても、ブライアン・デ・パルマは不思議な人だ。僕が観た中で「アンタッチャブル」「キャリー」「殺しのドレス」など文句なしの名作。これらを観た後だと「ミッション・インポッシブル」は意外。「ミッション・トゥ・マーズ」は大笑い。火星モノは前評判知らず監督名だけでデートに選び、その時の彼女に大不評だったことがあったっけ。